Ⅰ.「現状」とその評価から「満足」と「問題」を整理する
前回の医師との会話から、医師が製剤Aに関して現状をどのように評価しているのかということを、「満足」、「問題」の観点で考えてみましょう。
「満足」
1. 効果、副作用共に概ね期待通り、使いやすく第1選択薬
2. 1日2回服用も調節が可能となるため評価している
「問題」
1. 服薬コンプライアンス不良患者が一定数存在し、コントロールが難しい
このような「満足」、「問題」が見えてきます。
Ⅱ.「提案」の選択肢
現状に対する「満足」と「問題」が絞れてきたところで、今度はこちらが提供できる「提案」の選択肢を挙げていきます。ここでは医師の現状や「満足」「問題」等をあまり考えず、自社で提供できる血圧降下剤の処方提案について可能となる選択肢を全て挙げていきましょう。ではまず、自社で提供できる血圧降下剤について詳しく紹介します。
製剤A・・・現在医師に多く処方されている薬剤。1日2回投与で作用時間はおよそ10~12時間。医師の印象では効果もはっきりわかりやすい一方、血圧を下げ過ぎることもなく、他の副作用等の発現頻度もそれほど高くない。発売後1年半が経過し国内外から様々なエビデンスも発表されており、認知度は高く汎用されている。
製剤A2・・・有効成分及びその1日量はAと同じである。1日1回投与で作用時間はおよそ72時間、その分単回投与における1日血中濃度は製剤Aのおよそ1/3、3日程度かけて有効血中濃度まで上げ、その状態を維持するタイプの徐放錠。終始安定した作用を維持できる反面、副作用等が発現した場合は薬効の消失までには長い時間を要する。服用時間についても1日1回同じ時間ということだけで特に規定はなく、また12時間以内であれば服薬時間が前後しても作用動態に影響はないという論文等のエビデンスにより添付文書にもその旨記載されている(つまりその都度服薬時間を変えることが可能)。発売して間もないこともあり、まだ認知度は低い。
この2剤を使って出来る「提案」は、以下の3パターンあります。
1. 今まで通り製剤Aを処方していただく
2. 製剤Aから製剤A2に変更していただく
3. 製剤Aと製剤A2の両剤を処方頂く
この3つの「提案内容」について、「満足」、「問題」を通して考えてみましょう。前回の「伝えたいことを正確に伝えるには 5 ~相手の承諾を得るための「提案」 2/3」~でお話させて頂いたように、「問題」の解決に繋がる「提案」はパワフルなものとなり、また「満足」の減少は新たな「不安」に繋がってしまいます。その観点でこの3つを考えます。
1はそもそも変更がないので、「満足」は継続しますが「問題」の解決には繋がっていません。2は「問題」の解決に繋がる可能性がありますが、現在の「満足」の減少にも繋がってしまいます。一方3は、「満足」の継続、「問題」の解決の両方を可能とする選択肢となります。つまり3の提案内容がパワフル且つ「不安」を生じにくいものとなっていることが分かります。この結果からここでは3の「提案」を選択して進めていきましょう。
Ⅲ.「提案」に対する「期待」と「不安」とは
「提案」を組み立てる上で必要となってくるのは、その「提案」に対して、どのような「期待」と「不安」を与えるのだろうかという点が重要であるということは以前にもお話致しました。ここでは選択された提案内容は、相手にどのような「期待」と「不安」を与えるのかを考えていきます。
まず「期待」から考えてみましょう。
(1)服薬コンプライアンス不良例のコントロール向上に繋がるかもしれない
(2)コントロール良好症例はそのまま処方を続けることが出来る
(3)同一成分なので安心して使える
等があげられると思います。
次に「不安」についても考えてみましょう
(4)同一成分ではあっても作用に変化があるのでは
(5)切り替え時の目安や方法
(6)薬剤管理の面から院内での2剤採用の困難さ
これ等が考えられるのではないでしょうか。
「期待」と「不安」が想定できれば、あとは今まで学んできた方法でそのまま組み立てることが出来ます。つまり準備として「期待を増幅するフレーズ」と「不安を減少させるフレーズ」を用意し、実際の提案では、「提案内容」→「提案理由」→「期待を増幅させるフレーズ」、ここで一旦クローズして相手から不安が出てきたら「不安を減少させるフレーズ」で解消を図るという順番になります。ではこれらの考え方で実際にどのような「提案」が組み立てられたかを見ていきましょう。
Ⅳ.組み立ての実例
MR「失礼いたします。○○製薬の××です。本日も貴重なお時間頂戴いたしましてありがとうございます。」
医師「あ、××さん、こんにちは。今日は何でしたっけ。」
MR「はい、先日ご訪問させて頂いた時に先生のお話をお伺いして、一つご提案させて頂きたいことがございまして本日伺わせて頂きました。」
医師「あ、そうでしたね。どんなことですか。」
MR「先日のお話で、先生から製剤Aに関しては効き目や、副作用の発現頻度等に関してもご満足いただけているとのお話を伺いました。ありがとうございます。また1日2回服用という点に関しても、調節のしやすさに繋がっているとのお話も伺えました。但し、一部の患者さんではコントロールが上手くいっていない方もいらっしゃるとのことでした。その要因の一つとして、服薬コンプライアンスの順守が難しい患者さんがいらっしゃるとのお話を伺いました。」(ここでは、前回の話から得られた「満足」と「問題」を確認しています)
医師「うん、そうだったね。」
MR「そこで本日は服薬コンプライアンスの順守が難しい患者さんを対象に、最近発売になった弊社の製剤A2へのお切替えのご検討を頂けないでしょうかというご提案で参りました。」(提案内容を伝えます)
医師「A2・・・。どういうことですか?」
MR「はい、こちらがA2の製品概要書になりますが、A2は有効成分及びその1日量はAと同じですが、1日1回投与で作用時間はおよそ72時間、その分単回投与における血中濃度は製剤Aのおよそ1/3なり、3日程度かけて有効血中濃度まで上げ、その状態を維持するタイプの徐放錠となります。そのため終始安定した作用を維持することが可能となりまして、また服用時間についても1日1回同じ時間ということだけで特に規定はなく、また12時間以内であれば服薬時間が前後しても作用動態に影響はないという論文等のエビデンスにより添付文書にもその旨記載されております。こちらがそれら文献の一部となります。つまり、毎日同じ時間に服用することが難しい患者さんであっても、12時間以内であれば服用できる時にしていただくことで服薬コンプライアンスが保たれることになり、安定した作用が見込める製剤となっております。発売して間もないこともあり、まだ多くは処方されておりませんが、実際にご処方頂いている先生方からは、服薬コンプライアンスの問題は軽減できたというお声を頂いております。」(ここでは提案理由を述べています)
医師「・・・、なるほどね。」
MR「製剤Aでコントロールできている患者さんはそのままご処方を続けて頂き、製剤Aをお使いいただいて服薬コンプライアンスに問題があり、この服薬方法が適していると思われる患者さんへのご処方をお勧めいたしております。副作用の面におきましても、発現した場合は薬効の消失までには長い時間を要するという点もございますので、製剤Aの服用歴がある患者さんの方がよりリスクが少なくご処方頂けるのではないかと存じます。如何でしょうか。」(製剤Aをそのまま続けるという「期待」の上乗せと一部不安の解消の話をして、医師の考えを聞く)
医師「そうだね・・・。確かに服薬時間といった面で12時間の前後が認められているという点は、服薬コンプライアンスの順守が難しい患者さんには魅力的かもね。Aと同成分であるということもAに慣れている私には感触はつかみやすいかもしれないね。ただ、これだけ作用動態が変わるといろいろあるのではないかな。例えば切り替える時、どのように行っていくとか・・・。」(医師からの不安1)
MR「そうですね、作用動態の違いは注意を要しますよね。今おっしゃった切り替えの場合ですと、実際切り替えをなさっている先生方のお話ですと、念のためAの服用から丸1日ウォッシュアウトの時間を設けて、翌日からA2の服用を始めるといった方法が最もよく用いられる処方のようです。また切り替えの場合、有効血中濃度に到達するまで3日間くらいかかりますので、作用が安定するまでは3~5日見る必要があるとのお話もよく伺います。先生はどのようにお感じですか」(不安を認めたうえでのその解消を図り、医師の意見を聞く)
医師「そうだね、念のため1日置くというのは確かにそうかもね。切り替え後のコントロールについても納得だね。でもね、院内で2剤在庫してもらうとなるとなかなか難しいかもね。同種同効品でも難しいのに作用動態の違いだけだと、薬剤部からはどちらかに統一してほしいと言われるのではないかな・・・。」(医師からの不安2)
MR「そうなのですね。確かに薬剤管理の面から見ると似たような製剤を置くということはインシデントの面からもリスクになるかもしれませんね。ただA2をご処方頂く場合、院内で在庫いただかなくても可能ではないかと思います。と申しますのは、A2をご処方頂く場合は服薬コンプライアンス改善のためのAからの切り替えになりますので、切り替え対象の患者さんは外来患者さんになるのではと思います。そうなりますと院外で処方は可能ですので、院内在庫の必要性はなくなるのではないでしょうか。また、A2を処方されている方が入院となった場合でも、入院中は服薬が規則正しく行われますので、Aに処方を切り替えて頂ければ問題ないかと存じます。その場合の切り替えの目安ですが、A2のウォッシュアウト期間を3日間設けて頂き、1日量として同量のAをご処方頂くのが基本となります。如何でしょうか。」(不安を認めたうえでのその解消を図り、医師の意見を聞く)
医師「なるほど、確かにそうかもしれないね。ただ院外に処方を出すにしても電子カルテに載せてもらうための手続きが必要だと思うので、ちょっと聞いてみるよ。」
MR「ありがとうございます。私の方でも薬剤部に伺ってみます。またA2に関しましても新たな情報提供もさせて頂きます。本日はありがとうございました。」
Ⅴ. まとめ
如何でしたでしょうか。「現状」とその評価を聞くことにより、それに対する「満足」と「問題」を聞き出すことに繋がります。そこから「提案内容」を確定させ、その「提案」に対する「期待」と「不安」を、「満足」と「問題」から導き出します。あとの組み立て方は以前紹介させて頂いたのと同じ方法になります。この「満足」、「問題」、「期待」、「不安」の4つの感情を理解することで、「提案」の精度が向上していきます。
3回に渡り「提案」についてお話させて頂きました。皆さんも是非実践していただければと存じます。
※筆者は当サイトにおきまして、コーチとしてのキャリア相談、及びセミナーを開催いたしております。コーチとしてはコミュニケーション全般の他、製薬業界におけるセリングスキル、リーダーシップ、チームビルディング等、製薬業界での経験を活かせた内容のものも行っております。セミナーはコミュニケーションに関する内容となっておりますので、詳しくは、それぞれキャリアサポートのページからご検索ください。
■執筆者 大野裕之
大学卒業後、製薬会社に入社。当初医薬情報担当者として勤務し、主に大学病院、地域基幹病院等を担当、その後営業マネジャー職を経て本社営業推進に移動。社内コーチングシステム立ち上げプロジェクトに加わりコーチングと出会う。プロジェクト完了後、初代社内コーチの一員として活動を始める。その際営業スキル研修等の研修コンテンツの作成に携わり、後に全国の支店で研修を実施し、その普及に努める。退職後コーチングの資格を取りプロコーチとして独立。現在はフリーランスでリーダーシップコーチ、エグゼクティブコーチ、研修講師、セミナー講師として活動。
※資格等
・(一財)生涯学習開発財団認定プロフェッショナルコーチ
・ACTP修了(株式会社コーチエィ認定)
・T3プロフェッショナルインストラクター修了(ウィルソン・ラーニングワールドワイド株式会社認定)
・プロジェクトプラニング修了((株)PMコンセプツ認定)